スペシャル対談 ​阪神タイガース 髙橋 遥人投手 × DTS野球部 小野寺 拓海​ ~逆境を乗り越える「好き」の力~​ ​

髙橋 遥人 / 投手 / 背番号 29
阪神タイガース(写真左)
1995年11月7日生
静岡県出身
181cm / 82kg
左投 / 左打
常葉大学付属橘高等学校 出身
亜細亜大学 出身
小野寺 拓海 / 内野 / 背番号 10
株式会社DTS(写真右)
第三ITプラットフォームサービス事業部・BPO担当
1997年10月28日生
静岡県出身
183cm / 95kg
右投 / 右打
常葉大学付属橘高等学校 出身
亜細亜大学 出身

阪神タイガースの本拠地・阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)に、我が社がネーミングライツ(命名権)を取得したボックスシート「DTSボックス」と、広告看板が設置されています。そんなご縁もあり、今年も沖縄県での春季キャンプを訪問し、DTS野球部所属の小野寺拓海氏と、常葉橘中・高~亜細亜大までの先輩・髙橋遥人投手の対談が実現。懐かしい昔話から、髙橋投手が逆境を乗り越えられた要因、お互いの今後の目標まで、親密な間柄ならではのトークに花が咲きました。(取材日:2月6日 取材協力:月刊タイガース)

中高大の先輩後輩

—まずは小野寺さんの近況と、どういうお仕事をされているか、髙橋投手にお伝えいただけますか?


髙橋投手 確かに。DTSってどんな会社なの?


小野寺 会社としてはいわゆるIT企業なんですが、自分が今やっているのが、住宅系の住宅系VRシュミレーションツール・・・。


髙橋投手 へえ(笑)。


小野寺 シミュレーションソフトにデータを入れて、その中を自由に歩けるというツールの保守・問い合わせ対応を担当しています。


髙橋投手 ミズノのグローブのシミュレーションするみたいなやつの、家バージョンじゃん。そこを歩けるみたいな感じでしょ?相当良いね(笑)。


小野寺 ありがとうございます!


—改めて、お2人は中学からの先輩後輩という間柄で、中学から大学まで10年間、同じ学校で過ごされたそうですね。そういう縁の深さはどう感じていますか?


小野寺 中高一貫校(常葉橘)なんですが、中学で2つ上に遥人さんがいて、高校もそのまま上がって一緒でした。大学をどうするかという時にも、(亜細亜大に進学した髙橋投手に)個人的に連絡を取って、亜細亜大学ってすごく厳しいので「どうですか?」「厳しいよ」みたいなお話をさせてもらって。入学を決めて、2年間一緒に野球部ですごい実力を見せてもらいました。今はそんなに連絡を取り合ったりはしないですけど、個人的にすごく縁は感じているので、これからもプロ野球で本当に頑張ってほしいなという思いが強いです。


—髙橋投手は大学まで小野寺さんが追いかけてくると思っていましたか?


髙橋投手 いや、別に追いかけてはいないと思うんですけど(笑)。高校では良い選手を亜細亜に行かせたいという流れがあって、僕も先輩を見て亜細亜に入ったので、「小野寺も来るんだ」みたいな。「大丈夫かな?」みたいに思いながら(笑)、面倒を見てあげなきゃと思ったんですけど、自分のことで精一杯すぎました。

本当に遥人さんの代は
最強だったんです。

—中学時代は、放課後に一緒に野球をして遊ぶこともあったとか?


小野寺 数回やりましたよね?僕の同級生が遥人さんと同じ少年野球団で、その繋がりで一緒に帰って、小学校のグラウンドで3人で野球したことがあります。


髙橋投手 あったね。


—ただ、高校、大学になると、1年生と3年生ですから、そういう関係性も変わってきましたか?


髙橋投手 そんなことないよね?


小野寺 中高一貫校なので、同じ敷地の中に中等部の校舎と高等部の校舎が入っているんですが、やっぱり学生時代の2つ上って、すごく大人に見えるんですよ。なので遥人さん含めて、高校に行った先輩方とすれ違う時はちょっと怖かったですね。でも高校に入ってみて遥人さんとお話しした時は変わらない、そのままの遥人さんだったので、関係性はそんなに変わらなかったかなとは思います。


—髙橋投手から見て、出会った頃の小野寺さんはどういう印象でしたか?


髙橋投手 まあ、ボーっとしてるんで(笑)。僕もですけどね。でも中学の時からすごく期待されている選手で、僕が中3の時も高3の時も1年生でベンチに入っていたので、そういう意味では小野寺の学年の中では結構接点があったんじゃないかなと思います。


—髙橋投手が中学3年生の時に全国大会で優勝されたそうですね。小野寺さんは先輩方の優勝の姿を見てどう感じていましたか?


小野寺 本当に遥人さんの代は最強だったんです。タレント揃いだったので、1年生ながらも運良くベンチに入って、間近で見させてもらいましたが、負ける気がしないというか。最強という感じだったので、本当に憧れ、雲の上の存在、それくらいの感じでしたね。


—その“雲の上の存在”の髙橋投手は高校2年生時(2012年夏)に甲子園でも登板。その頃にはプロを意識していましたか?


髙橋投手 いや全然ですよ(笑)、本当に。それで言ったら、中学の時も僕、八番ライトなので。一応2番手ピッチャーで、今の高校生はもっと速い球を投げますけど、僕も140キロくらいは出ていて、静岡県内だったらちょっと有名ぐらいでした。なんせストライクが入らなくて、パワプロで言ったら高校時代は(コントロール)EかFくらい(笑)。大学でGのGのGくらいまで落ちました(笑)。プロをちょっと意識したのは大学に入ってからですね。


小野寺 でも甲子園の時、ビタビタだったじゃないですか。あれは「ゾーン」に入っていたんですか?


髙橋投手 あれは奇跡(笑)。甲子園の時は良かったんですけど、何で良かったのかその時は分かっていないので、続かないんですよ。普通に負けましたし。


—小野寺さんは髙橋投手は将来プロに行くだろうなと、その頃思ったりしましたか?


髙橋投手 思ってないよ(笑)。絶対思ってない。正直に、正直に。


小野寺 ポテンシャルはあると思っていました。でもご自身でも今おっしゃいましたが、ちょっとストライクが入らないのは見ていたので・・・。


髙橋投手 高校の時もだけど大学の時はもっとヤバかったよね?


小野寺 でも、常葉橘高校はOB戦があって、OBの方と現役生で試合するのが恒例だったんですが、その時に遥人さんが大学生として来られて、「何これ!?」と思いました。元々140キロくらいで速かったですけど、亜細亜に入ったら150キロ出すようになってめちゃくちゃ進化していて。もう球が見えないし、これはすごいと思いましたね。


—大学で何か進化のきっかけがあったのですか?


髙橋投手 めっちゃご飯食べました。それで体がすごく重くなって、練習についていけなくなって(笑)。亜細亜の練習はものすごく走るんですが、僕はもともと学年でも3位以内に入るくらい速かったんですよ。でも10キロぐらい太って、全くついていけなくなりました。
ただ、球はめっちゃ速くなって、逆にコントロールは無くなって(笑)、そんな感じでした。


—コントロールは別として、亜細亜の厳しい環境だったからこそ進化できたと?


髙橋投手 そうですね、いくら太って動けなくなっても、練習は絶対しなきゃいけない。させられるというか、キツい練習は変わらなかったので。その重い体重でキツい練習をしたことによって、また強くなったのかなと思います。


—小野寺さんも亜細亜に入られて、聞いていた通りの厳しい練習だったと思いますが、やり通せた原動力は何でしたか?


小野寺 本当に何回帰ってやろうと思ったかわからないですが、やっぱり同級生の存在が大きくて、みんな同じ練習をやっているので、みんなもやっているから頑張れたり。あとは正直、地元とか家族とか、入れてもらった高校の先生方とかに、「帰ってきました」って報告はできないなという思いが強かったです。だからやらなきゃなって。


みんなもやっているから頑張れた

—亜細亜大学出身選手との対談は今回で3回目となります。2年前は木浪選手、昨年は岡留投手で、木浪選手からは野球ノートを毎日書いていたという思い出、岡留投手からは「剃厘(※)」の思い出をお聞きしました。
※「剃厘」・・・気持ちを入れるべき時に頭髪を剃る、亜細亜大学の伝統。


小野寺 剃厘、もう何回したかわからないですよね(笑)。


髙橋投手 もうヤバいっすよ、マジで。最後のほうなんか毎日剃厘でしたもん。「剃っとけ」と言われたら剃厘なんですが、10回に1回ぐらい「丸めとけ」があって、それは五厘で、「丸めとけ」は弱いんですよ(笑)。ある時、優勝がかかっている試合の2週間前ぐらいに、朝練の準備を5時半頃からグラウンドでしていたら、寮に残っているマネージャーから、「監督さんが剃ってます!」って連絡があって。


小野寺 監督さんが率先して剃られるんです。


髙橋投手 その瞬間「ヤバい!」って。朝練が終わったら全員風呂場に走って行って自分たちも剃りました。100人全員剃厘にしたんですけど、ミーティングが8時半からで、1、2年生は剃るのが間に合わなかったんですよ。だから、前の3、4年生だけ剃厘で、後ろのほうはまだ虎刈りみたいな(笑)。そこから2週間は監督さんも剃り続けたので、僕らもずっと剃厘でした。


小野寺 全員でしたよね。


—やっぱりそういう強烈な思い出を共有しているからこそ、今でも卒業生同士の繋がりが強いと?


髙橋投手 そんなことばっかりだったよな?他のことあんまり覚えてないもん、大学で(笑)。


小野寺 私も遥人さんも集まったら、絶対大学の話ですよね。お前あの時バカやってたろ、みたいな話で飲んで笑い合って。良い思い出です。


もっとやらなきゃ

—ここからは小野寺さんのほうから髙橋投手に直接聞きたいことがあるそうです。


髙橋投手 考えてきてくれたの?


小野寺 はい(笑)。ご自身の野球人生の中で転機になった出来事は何ですか?


髙橋投手 進路を毎回選ぶのが大きかったですね。小野寺もですけど、小学校から地元の中学校に行って軟式やるのか、硬式やるのか、常葉橘に行くのか、そこの選択がすごく大きなきっかけというか、大事だったなと。あとは亜細亜大学の練習量ですね。高校の時の「めちゃくちゃ練習したな」という、そのレベルが亜細亜大学は100倍ぐらい違っていて。高校時代に「これだけやったらめちゃくちゃやった」と思っていたのが、大学で「これだけじゃそんなにやってないんだ」に変わって、その思いが今プロに入っても「もっとやらなきゃ」という向上心に繋がっているので、大学の練習も大きかったです。


小野寺 中学、高校、大学で身についたことで、今も生きていることはありますか?


髙橋投手 今言った大学の練習のこともそうですが、中高の寮生活ですね。初めて集団生活をして社会勉強にもなったし、中高6年間なので、みんなの成長を感じながら自分も成長できたかなと。さっき言ったように、中学の3年間は“野球バカ”みたいな感じだったのが、高校で仲良くなってきて、すごく良い関係を作れたなと思っています。大学は野球以外の寮生活がさらにレベルアップして、社会人としても「してもらったことは返さないといけない」とか、そういうことを亜細亜大学の野球部は教えてくれたので、人としてすごく成長できたかなと思います。


小野寺 ご自身の一番の強みは現時点で何だと思いますか?


髙橋投手 再現性じゃないかな。フォームの再現性とか、どのタイミングでもほぼ変わらず、今持っている力を出せる。手術とかいっぱいしているのでやりづらい時もあるんですけど、それが癒えたらもっともっと良いボールを投げられるだろうなって。そう思えるのも、フォームの再現性に自分の中でちょっと自信があるからかなと思います。大学の時はそんな自信絶対なかったんですけど(笑)。


小野寺 そのフォームの再現性を意識して、コントロールが改善されたのですか?


髙橋投手 コントロールは、技術から先に入っているとかではなく、大学からプロに入った時に、コントロールが良くなっている実感があって、「なんで良くなってるんだろう?」と思って、みんなのことを見たり自分を見比べたり、ということをすごくしたんです。それで「コントロールが良い人はこうなっているんだな」とか、自分の姿を見て「自分も前よりこうなってる」ということに気づいて、「何度手術しても戻ってこられる」という自信になりました。


—逆に髙橋投手から今の小野寺さんに聞きたいことはありますか?


髙橋投手 僕はずっと野球をやっていて社会に出ていないので。いずれ社会人になって違うことをしないといけないので、社会人として大事だと思うことを教えてほしいです。あいさつとか?


小野寺 はい、あいさつは本当に大事ですね。亜細亜でそれも叩き込まれたので。


髙橋投手 確かに。亜細亜は1回じゃないですからね。会ったら絶対あいさつしろと。2秒前に会っていてもしないといけなかったので(笑)。


野球が好きだから

—小野寺さんが今勤めているDTSは、「チャレンジし続ける」ことを理念として掲げていますが、髙橋投手が今年チャレンジしたいことは?


髙橋投手 チャレンジしたいことですか?・・・ないっす(笑)。でも、野球はもちろんチャレンジというか、目標とかもあるんですが、自分で決めたルールを頑張ってどこまで守れるかなと。どれくらい自分の意思が強いかを測るというか。ちょっと抽象的ですけど。


—髙橋投手はこれまで何度もケガからの手術を乗り越えて、今年は久々に“完全体”の年を迎えていますが、そうした逆境を乗り越えられてきた要因はどう感じていますか?


髙橋投手 1つは、やっぱり野球が好きだから。好きなことに一生懸命になるのは当たり前だと思いますし。あとはその好きな野球をやらせてもらっているということですね。みんなそうだと思うんですが、最初にやらせてもらった親とか、ケガした時のファンの方とか、めちゃくちゃサポートしてくれる球団の関係者の方とか。そういうことを考えたら、やっぱり頑張らなきゃいけないなと思わされるので。みんなのおかげですね。


好きなことに一生懸命になるのは
当たり前だと思います

—小野寺さんも何度もケガを乗り越えてきた髙橋投手を見て、もちろん心配もされたと思いますが、強さも感じられたのでは?


小野寺 そうですね。遥人さんはこんな感じのキャラクターですけど(笑)、指導者がいようがいまいが関係なく、野球で手を抜いているのは本当に見たことがないんです。自分もピッチャーをやっていたので一緒にトレーニングをさせてもらう機会もあったんですが、「もういいじゃん、遥人さん」と思うくらい、誰もいなくても練習されていて。それが結果にも繋がっていると思いますし、先ほどおっしゃった野球が大好きだからこそ、それができるんだなと。それが強みの1つなのかなと、見ていて思いますね。


—小野寺さんのこの言葉、いかがですか?


髙橋投手 うれしいっす(笑)。


—小野寺さんが今年チャレンジしたいことは?


小野寺 私も今会社で軟式野球をやってまして。


髙橋投手 やってんの?


小野寺 やってます、まだ。


髙橋投手 え、キャプテン?ヤバ!?


小野寺 昨年2部で全国優勝しまして。今年はまだ確定ではないですが、もっとレベルの高い大会に出られると思うので、そこでも全国優勝するという、結果にこだわる1年にしたいですね。


—お仕事の面ではいかがですか?


小野寺 仕事の面では昨年異動してきて、営業で回らせてもらっているんですが、数字をまだ残しきれていないところがあるので、そこでも数字にこだわってやっていきたいなと思います。


—平日はスーツを着て営業活動している小野寺さんの姿、想像できますか?


髙橋投手 二刀流ですね(笑)。すごいわ。でももう、野球やってる姿のほうが想像できないかもしれない(笑)。野球してないと思ってたから。


—小野寺さんはDTS野球部のキャプテンでもありますが、チームをまとめるために大事にしているのはどんなことですか?


小野寺 部員のみんなに役割をしっかり与えることですね。ちょっとしたアップの声係とか、道具係とか、そういう役割を与えることで、上から言われてやるだけでなく、当事者意識を持ってもらえるので、そういうことは意識してやっています。


—髙橋投手はこうして小野寺さんがまだ野球を続けてくれていることに、うれしさもあるのでは?


髙橋投手 はい、びっくりしちゃって(笑)。でもうれしいです、本当に。


—最後にお互いに向けてエールをお願いします。


髙橋投手 野球はもう全国制覇しているので、営業のほうをバッチリやって、会社に貢献してもらいたいです。それくらいですね(笑)。


小野寺 すでに日本の左腕ではポテンシャルとしてはトップだなと思っています。とにかくケガだけ気を付けてもらって、今シーズンは1年間駆け抜けてもらいたいです。頑張ってください!


髙橋投手 はい!頑張ります!


対談を終えて

小野寺 拓海
久しぶりにお会いしましたが、出会った頃と変わらない遥人さんでとても嬉しい気持ちになりました。
ただ、野球に対する考え方・姿勢というのは、さらにレベルが高くなっていると会話の節々から感じられました。
プロの世界でやっている以上、結果を求められる厳しい環境に身を置きながらも、常に自分自身と向き合い、現状に満足することなく成長を追い求め続けている姿がとても印象的でした。

今回のインタビューを通して、改めて遥人さんの凄さを実感すると同時に、自身ももっと努力しなければいけないと強く感じました。
日々の積み重ねや姿勢の大切さを改めて認識できたので、自分の仕事にも少しずつ落とし込みながら、成長につなげていきたいと思います。