AI

【慶應義塾大学との共同研究】
人間もAIもキノコもブッダも考える時代へ
ー生成AIと共に創造性を育てるアフェクティブAIエージェント

目次

慶應義塾大学環境情報学部 教授 博士(工学)
中西 泰人 氏

1970年大阪生まれ。東京大学工学部機械工学科卒業、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。ヒューマンコンピュータインタラクション、エクスペリエンスデザイン、創造活動支援の研究と実践を行う。建築・都市関連のプロジェクトも多く、メディアアート作品の制作も手がける。著書・訳書に『UnityとROS2で実践するロボットプログラミング:ロボットUI/UXの拡張』『Processing:ビジュアルデザイナーとアーティストのためのプログラミング入門』『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』『アイデアキャンプ:創造する時代の働き方』『社会イノベーションの方法と実践』など。

DTSは今年の1月28日に慶應義塾大学環境情報学部の中西研究室との共同研究の開始を発表しました。HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)分野で数多くの実績を持ち、創造活動支援に深い知見を持つ中西泰人教授が提唱する「アフェクティブAIエージェント」に関する共同研究で、人間の創造性を高めるためのアフェクティブAIエージェントのプロトタイプの開発と行動モデルの体系化に取り組むものです。アフェクティブAIエージェントとはどんなもので、人間に何をもたらすのか。この共同研究の意義はどこにあるのかなど、中西教授にお話を聞きました。

計算機から道具、そして存在へ

―アフェクティブAIエージェントとはどんなAIなのでしょうか。
中西 「エージェント」とは「代理人」であり、自分の代わりに仕事をしてくれるのが今のAIエージェントのイメージだと思いますが、エージェント技術自体は昔から存在しました。90年代にアップル出身の技術者が独立して開発した「Magic Cap」もその一つです。Magic Capは今でいうPDA的なツールで、エージェント指向言語が使われていました。プログラミングすることで、サーバーとやり取りして、メールやスケジューラをインタラクティブに動かすことができました。また「人工知能の父」とも呼ばれるマービン・ミンスキーが『心の社会』という著書で、心を持たない単純な部品「エージェント」の相互作用で、より高次の知性がいかに構築されるかを示そうとしました。
こうしたエージェントが改めて注目されている背景は、生成AIの進化とAIの位置付けの変化です。もともと数値を計算する機械だったコンピュータは、文字や画像、動画を扱い、インターネットを構築して、人間の思考やコミュニケーションを拡張する「道具」と「環境」になりました。そしてAIがさらに進化してロボットとして身体を持つようになると、計算機は「他者」としての「存在」へと変化するでしょう。
そうした変化の起点は「初音ミク」だったかもしれません。バーチャルな存在でありながらコンサートが開催され、「初音ミクと結婚したい」と思う人も現れました。計算機が実現した初音ミクは便利な道具ではなく、人間の感情に働きかけ、自分が生きる意味を揺るがせるキャラクターとして捉えることができます。生成AIはこれに近い存在に進歩していくのだと思います。生成AIとの会話に多くの時間を使い、自分の友人のように考える人たちも現れています。
また生成AIがこれまでの計算機と大きく違うもう一つの点は、同じ質問をしてもAIによっては答えが違うことです。「道具」としての計算機は同じ入力をすれば同じ結果を返してくれて当然でしたが、生成AIは違いますよね。私はChatGPT、Gemini、Claudeという3つの生成AIを普段使っていますが、思考が深くて長い、素早くて大胆、対応が理知的といった、キャラクターの違いを感じています。学習のアルゴリズムは同じでも学習したデータによって答えが違いますし、人間の使い方に同調するようになっていますから、同じ生成AIでも使う人が変われば反応も変わってくる。道具とは違って人間がすべてをコントロールできる対象ではなく、AIは「ままならない存在」でもあるわけです。ままならない生成AIやそれが身体を備えたロボットと共生してゆくためには、人間と生成AIの間で感情や感性を扱うアフェクティブAIエージェントの存在が大きな意味を持つのだと考えています。

人間は一緒にいる相手によって変化できる

―AIやロボットとの共生では何が変わってくるのでしょうか。
中西 AIの答えは必ずしも再現性があるわけではなく、自分が想定した答えを返してくれるわけでもありません。そうした「ままならない存在」としての他者と人間が付き合っていくためには、これまでのような「人間中心主義」ではなく、人間中心ではない「ポスト人間中心主義」を考える必要があるでしょう。便利な道具ではなく、人間の行為を引き出す存在として計算機を捉える。これは大きな分岐点です。
私はこれまでもHCIの研究として数々のインタラクティブなシステムを作ってきましたが、便利な道具を作るのと、人間の様々な振る舞いを引き出すものを作るのでは、考え方が全く違います。
例えば画像処理技術を使って、わざと人間の顔を認識しなくなった瞬間の写真を撮影する「Face to Face」という作品を制作したことがあります。どうしたら写真が撮られるかはコントロールできないようにして、インタラクションのプロセスに余白を作りました。そうすると使っている人が撮られ方を自分自身で試行錯誤しながら発明するようになり、小さな創造性がさまざまに発揮された様子が写真として記録されていきました。
また最近の研究として、変形能力と移動能力を実装した抽象的なデザインの家具型ロボット群を作りました。形や配置を変えることができるロボット達が佇んでいる様子から、行為の可能性を人が見出してもらうのが狙いです。ライトだと思っていたロボットは、変形したり動いたり他の家具型ロボットと一緒にいることで、パーティションだったり、遮断機のように見え始めるのです。そこでも、人が場所や状況に応じて勝手に意味を発見するという創造性が発揮されました。
こうした試みからわかることは、至れり尽くせりではない状況に向き合った時には、人間自身が何かしら工夫をしたり意味を見出したりするものだということです。それはキャンプやピクニックに出掛けてちょっとした不自由を楽しみながら工夫をすることに近いと思います。
生成AIとロボットに囲まれて暮らす時代は、道具としての計算機に囲まれる環境とは違って、それは人間とは異なる知性を持った「ままならない存在」としての他者に囲まれる環境とも言えるでしょう。だからこそ便利な道具を使うのとは違う行為や創造性を引き出せる可能性があると思うのです。そこでは計画した偶発性や余白が重要な要素になります。便利な道具を超えたAIやロボットとしてのアフェクティブAIエージェントは、人間にこれまでとは違う行為や創造性を発揮させることができるはずです。

生成AIと共生しながら人間らしい創造性を

―生成AIと向き合う上でのポイントはどこにあるのでしょうか。
中西 生成AIはキノコに例えると面白いと思っています。野生のキノコは、いつどこに生えてくるのか予想がつきません。食べられると思ったら毒キノコかもしれないし、えのき茸ですら熱を通さないとお腹を壊します。それは、生成AIの言うことを鵜呑みにせず人間が考えないといけないのに近いんじゃないでしょうか。また最近の研究によれば、キノコの実体とも言える地中の菌糸体は記憶能力や判断能力があるのだそうです。私たちがブラウザで会話している生成AIは、背後に膨大なネットワークとデータセンターを持っていますが、その構造もキノコと菌糸体のように捉えられるのではないかと思っています。
生成AIを使って新しいアイデアを考える人も多いと思いますが、DTSとの共同研究でもそうしたマルチエージェントAIとそのためのインタフェースの研究を行っています。こうした使い方をする時に気をつけなければならないのは、生成AIはすぐに答えを出そうとする傾向があることです。生成AIと一緒に思考するプロセスを定量化しようとする論文によれば、生成AIを使っている人間は生成AIのような思考になりがちなのだそうです。それはずっと一緒に仕事をしている同僚や組織の思考に個人の思考も近づいていくことと同じかもしれませんが、生成AIばかりを使っていると、生成AIのような人間になってしまう可能性がある、ということだと思います。
人間は問いと答えを何度も往復しながら思考を深めていく存在です。試行錯誤することで問題はより複雑になり、答えも豊かなものになります。彷徨ったり、迷走したり、紆余曲折したりしながらギリギリまで自分の問いと答えを深めることで、アイデアが閃くということがよくあります。そうした思考プロセスを生成AIと一緒に実現し、人間が自ら問いと答えを深めていくための仕組みが必要です。そうした仕組みをこの共同研究で作り出したいと考えています。
また、「ままならない存在」と付き合っていく中で創造性を発揮する。こうした態度は、あらゆるものとの共生を受け入れてきた東洋的な思考が効果的だと考えています。こうした考えを『スマートシティとキノコとブッダ 人間中心「ではない」デザインの思考法』(BNN, 2024)という本にまとめました。人間の合理的思考の象徴としてのスマートシティと、人間とは異なる知性であるキノコ、そして人間を超えた知性であるブッダが共生する世界をどうデザインしていくのかがテーマです。生成AIとの共生を考える上で参考になるはずです。

問いと答えの循環で正解のない問題を解く

―DTSとの共同研究はどのように進めていくのでしょうか。
中西 きっかけは取締役の谷中さんと学生時代からの友人で、卒業してからもお会いする機会が多く、これまでも研究の話をしたりしていました。生成AIがもたらした大きな変化でお互いの関心事がさらに近くなったと感じて、一緒に研究することにしました。
DTSの方々と議論を重ねながら研究を進めています。面白いのは、システムインテグレータとしてゴールから逆算する仕事をしてきた方々と、アカデミアの世界で大まかなゴールを持ちながらプロトタイプを作ってきた私とでは、見ている風景が違うことです。生成AIによる技術と社会の激変を異なる場所から見ることに価値があると感じています。私たちは地図というよりも地形が変わっていく時代に生きているのかもしれません。誰もが彷徨っていると言っても良い時に、全く異なる視点と尺度の違うコンパスを共有しながら、パラレルに走れるバディとしての関係こそが重要だと思っています。
これまでは、DTSが中心となって、人の思考を刺激するAIの振る舞いをパラメーターとして整理して体系化し、それに対して中西研究室がHCIの学術的な観点から助言を行ってきました。それを通して中西研究室主導で検証用プロトタイプを実装して、大学とDTSの中で実証実験を実施しようとしています。
実験しようとしているシステムは、プロトタイプとしては3つ目のものです。研究で重要なのは作ったプロトタイプを捨てる勇気です。研究では目指すべきゴールをしっかりと先に決めて、そこに向かってエンジニアリングを進めるトップダウンのアプローチは不向きなことがあります。問題には明確な正解が存在する問題と、答えが複数あったり問い自体が不明確だったりする場合があります。後者ではとりあえずの答えとしてプロトタイプを作ったり言葉にしたりすることで、答えを自分の外に出すことで自分の思考を刺激していきます。答えを作ることで問いが深まったら、そこでは自分が作った答えを捨てる必要があるんですよね。そこから問題を考え直して、あらたえて答えを作るというプロセスを繰り返すことで、答えと問いを明確にしていくのです。

どんな変化にも対応できる準備が大切に

―共同研究を通してどんな成果がもたらされるのでしょうか。

中西 いずれはデータの分析から人間とAIのどのような相互作用が創造性を誘発するのか、そのメカニズムを学術的に解明したいと考えていますが、あまり細かい目標はあえて立てずに、人間の創造的なプロセスを支援できるような道具や環境、存在を作り出していきたいと思っています。
人間は自分たちが作り出した道具・環境・存在によって、新しい人間になり、その人間がまた新たな道具・環境・存在を作り出していくというループの中にいます。それは石器やスマホ、生成AIのどれにも当てはまることです。その結果として、世界の地図や地形がいま激変している訳ですが、重要なのは変わっていく地図と地形を走っていくための装備と心構えだと思います。私たちが走るのは整えられた高速道路ではなく、何が起きるかわからないオフロードです。荒野を走り抜けていくために必要なオフロード車と、変化に対応するためのいろいろな道具、そして思わぬ状況に対応しようとする心構えが必要なのだと思います。
生成AIの時代にはシステムインテグレータの存在も変わってくるでしょう。コーディングをせずにプロンプトだけでシステムを作る時代もやってくるでしょう。でもそこで人間に求められるのは、「こういうものを作りたい」という想いや「こんなのを作ってみた」という衝動のようなものかもしれません。そこで重要なのは自由な発想であり、オープンなマインドセットです。100%うまくいくことはない、ままならない存在と付き合うままならない時代に生きているという前提に立ち、すべてを受け入れてポジティブでいること、とでも言いましょうか。
生成AIがもたらした大きな変化と向き合っていくには、人知を超えた知性のあり方に思いを馳せながら焦ることなくAIと付きあい、人間として新しい世界を造り出す創造的なプロセスの一端になっていこうとする態度、それが小さいものだとしても、それが重要だと思っています。この共同研究では、そうした変化の時代に必要となるAIエージェントの振る舞いを、実際のプロトタイプと実証実験を通して明らかにしていきます。AIが答えを出すだけでなく、人間が問いを立て直し、発想を広げ、他者とともに考えるための環境をどのように設計できるのか。それをDTSの皆さんと一緒に探っていきたいと思っています。